プロレス的ワイン論

投稿日: カテゴリー: エッセイ

ブルゴーニュの場末に見いだした、ワイン界の寺西勇

相手のショルダースルーを伸身の前方宙返りでヒラリとかわし、返す刀でドロップキック…  

昭和のプロレスファンなら、これが誰のことかは即座におわかりでしょう。答えはそう、「和製マットの魔術師」寺西勇であります。国際プロレスを中心にいくつもの団体を渡り歩いた寺西は、異名に違わぬ変幻自在の動き、独創性あふれるファイトで昭和プロレス史を支えた猛者の一人。冒頭に記したショルダースルーの切り返しや、トランクスを引っ張り上げられて股間のふくらみがクッキリしたところを急所攻撃されるくだりなど、寺西ならではの定番ムーブ(お約束の動き)は我が記憶に今なお鮮やかです。また、相手の脚をレッグロック気味に固めて前方に回転するオリジナルのローリング・クレイドルやビル・ロビンソン式ワンハンド・バックブリーカーなど、難易度の高い技を涼しい顔で使いこなした業師ぶりも忘れられません。

タイガーマスクにシュート気味のファイトを挑まれたときは、プロレス技で見事に応えて見せたようにガチンコへの対応力も高く、ヒールに回ったはぐれ国際軍団時代は悪辣ファイトで生き生きと立ち回るなど、レスラーとしての力量、懐の深さは当代屈指でしたねえ。

ただ、それほどの実力を持ちながら寺西は派手な脚光を浴びる選手ではありませんでした。なにしろ、主戦場が場末のマイナー団体・国際プロレス。しかも、バカボンのパパちょい似のオッサン然とした風貌に、ヘソの上までたくし上げたブリーフのごとき白トランクスという具合で、出自にもルックスにもスター要素がまるで見あたらない…。「俺みたいな選手が勝ってもしょうがないから」という当人の弁通り、その役どころは負けてなんぼのジョバー(やられ役)がほとんどでした。もし、寺西が新日か全日の所属でチャボ・ゲレロくらいのルックスだったなら、日本ジュニアヘビー界の人気模様もずいぶん変っていただろうに。実力と名声が必ずしも一致しないのは世の常ですが、そんな不条理を黙って受け止めて引立て役に徹し、そこはかとない哀愁を漂わせながら戦い続けた名レスラー。それが寺西勇なのであります。

ところで私、昭和のプロレスと同じくらいワインも好きなのですが、双方の愛好者の目から見ると、ある産地のワインが寺西勇とダブって仕方ございません。その「ワイン界の寺西勇」とはブルゴーニュのメルキュレであります。ブルゴーニュと言えばロマネ・コンティ、モンラッシェ、ミュジニー、シャンベルタンなど、プロレス界に例えたら猪木、馬場、マスカラス級のスターが揃った超銘醸地。昨今は日本でもブルゴーニュ人気が沸騰し、ワイン教室の講師が「ブルゴーニュ以外はワインにあらず、みたいな生徒が多くて教え辛い」と嘆くほどです。にもかかわらず、メルキュレのワインが派手に取り沙汰されるところなど、ついぞ見た覚えがありません。ワイン会の出番も前座ばかりでメインを張ることはまずないでしょう。  なにしろ、ブルゴーニュといってもメルキュレが属する地区はコート・シャロネーズ。綺羅星のごときグランクリュを多数抱えるコート・ドール地区と違って1級畑までしかなく、格的に一段下の扱いをされているAOCです。パーカーやクラスマンといったワイン評論の権威がバカ誉めするような有名生産者もいないため、ブランド好きのワインファンは見向きもしないというわけです。

ならば、メルキュレは本当に二線級の実力しかないショボいワインかと言えば断じて否!

現地を見学すると、優れたメルキュレの畑は石灰粘土質を主体に砂礫や泥灰などの入り混じった水はけの良い土壌で、日照条件も申し分ありません。そこで生まれるワインはAOCの知名度しか取り柄のない張子の虎的コート・ドール(実は、これがけっこう多いのです…)などたやすくねじ伏せてしまいます。

そういえば先日、プロが揃うワイン会のブラインドテイスティングで私めが出題を仰せつかったので、ここぞとばかりに取って置きのメルキュレを出してみました。すると、回答の多くを占めたのはクロ・ド・ラロッシュやシャルム・シャンベルタン!

その豊かなニュアンスと複雑な果実味はコート・ドールの輝かしいグランクリュを思わせるほどのものだったのです。

キャーキャーもてはやされることはなくとも一線級の実力を内に秘め、口にした者に値段以上の満足感を与えてくれるメルキュレ。たぶん、この先も華やかなスターにはなりえないであろうこのワインを、私は寺西勇のプロレスと同じように、末永く愛し続けていこうと思っておるのであります。


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