築地が大変なことになるらしい
移転したらお客が来なくなる!?
築地といえば東京の台所。それが豊洲に移転するっていうんで大変らしい。それくらいのうすーい認識だったある日の居酒屋にて。
「移転したらすごく不便になって、2年くらいでほとんど人が来なくなっちゃうんだって…」
隣の席からのこんな話を耳にした。私は築地に行くことはほぼ無く、場内には入ったことすらない。しかし、周囲には築地で仕入れをする人が多くいる。それってみんなが困るってこと!? というか、おいしいものが食べられなくなったらどうしよう。気になって調べてみると、黙ってはいられない話がわんさか!
というわけで、勝手に「噂の真相」です(にしてはゆるいので、どうぞお酒片手におつきあいください)。
築地市場は都内に11カ所ある市場の1つで(東京都が運営していたんだー)、水産物の取り扱い金額は全国1位、青果物では3位。世界最大(!)の市場なんだそう。産地から入荷した商品を、8社ほどある卸業者が890ほどの仲卸業者に売り、仲卸業者から小売店・飲食店など(いわゆる買出人)に売るというのが、築地市場の役割だ。
さて、ある土曜の午前10時。都営大江戸線・築地市場駅のA1出口を出ると、「何かイベントでもあるの?」というほどの観光客がわんさか。地上に出ると、目の前には朝日新聞。銀座からも目と鼻の先だし、やっぱりこんな場所に市場があるなんて不思議だ。
まずは場内の水産仲卸業者売場へ。プロの買出人は早朝5時くらいに来るというから、すでに店じまいのタイミング。それでも一般客への小売りを積極的に行っているようなお店も少なくなく、ぴっちぴちの魚が並ぶそこはパラダイス! ターレ(荷役用3輪トラック)に轢かれそうになりながらも、次は青果仲卸業者売場へ。なるほど、飲食店や料理関連の方々は、こうしてハシゴしているわけか(フムフム)。こちらも珍しい品種から、旬真っ盛りの野菜までがずらりと並んでいた。
現在の築地をみて、正直なところ移転する必要がどこにあるのかよくわからなかった…。ネットでいくつかの資料を見る限り、都が示す移転の理由は、①施設の狭隘・過密化(要するに狭くて不便ってこと)。②老朽化 ③衛生管理が困難。の3つ。
確かにトラックやターレが行き交い、「入荷」の荷下ろしと「出荷」の荷積みが同じ場所で行われていることを考えると狭いのかも…? 移転後は今の約23 haから約40 haに敷地が拡大。加えて産地からの商品の→荷降ろし→荷積みの動線がスムーズになるんだそう。②は築地市場がスタートした昭和10年(1935年)から80年以上も経っているというし、地震がきたら危ない感じはする。③については、今まで築地で食中毒なんて聞いた事がないが、都が目指す高度な品質管理はクリアしていないのかも。地面に商品が直置きだったり、外気にさらされていることが嫌な人もいるだろう。豊洲新市場は密閉型の施設で温度管理が徹底されることで、衛生的かつ鮮度を保つことができるんだそうだ。資料には交通条件が良好であること、築地の商圏に近いことから、「豊洲地区以外にありません」とまであった。
その後、場内にある「東京いちばステーション」なる建物へ。豊洲への移転を紹介する、都が運営する施設だ。中には、移転のメリットを示すパネルと、たくさんのパンフレット、新市場の模型があった。敷地はかなり広大で、市場というより工場のよう。
しかし気になるのは、水産と青果の仲卸売場との距離だ(AFTERの地図・左上から右下間の距離のこと)。大きな道路で区切られており、移動には歩行者用デッキ(地図中央の丸い部分)を渡るよう。地図では700〜800mぐらいはありそうで、片道15分かかるとも聞く。車だと一度駐車場から出て道路を移動することに。最寄り駅はゆりかもめの新市場駅だが、地下鉄やJRなどの複数のアクセスが可能な今に比べて相当に不便だろう…。
「買出人は、今まで通り買い物できるんですか?」。施設の人に聞いてみたが、あいまいな返答。資料にあった「豊洲移転サポート相談室」に問い合わせてみるも、「水産と青果は多少遠くなりますが、買い出しの方には現状とまったく変わりなくご利用いただける」と似たような返答だった。
同施設でもらったフリーマガジンは、「dancyu TOKYO ICHIBA times」や「Tokyo Ichiba Walker」など、とても豪華! 何冊も号を重ねている。雑誌編集部が制作し、東京都中央卸売市場が発行。都内の市場の臨場感溢れる密着リポートや、築地内で働く人のインタビューが充実している。いかに築地で働く人が素晴らしい技術と前向きな姿勢を持っているかを示す内容も多く、築地は経済原理だけでなく、人々のつながりで成り立っているということ。お客さんの要望に応えることが最優先だということも語られていた。
でも状況を見る限り、移転して「一番困る」のは「一番大事」な買出人じゃない…? どうにもよく分からないので、市場関係者に直接話を聞くことに。 「一番困るのは、買出人ですね」とのこと。 やっぱりそうなのか…。 「まず、新橋駅からゆりかもめに乗って市場前駅まで行くと往復700円以上もかかります」。
豊洲は築地から約2.3㎞という近さからも移転先として選ばれたというが、電車移動する人にとっては遠いうえ、お金がかかる。駅を降りてからも、水産と青果間までの距離は、忙しい中でスピーディに買い物をしなければならない買出人にとっては大きな痛手となるという。
現在のお客さんの多くは小さなお店の買出人なのに、新市場はどうしてこんなシステムに? 「新市場は大きいスーパーやファミレス、バイヤー、地方への転送に便利にできているんです」。
それはつまり、現在の売り手と買い手の関係性が崩れるということだろう。都のビジョンには、「世界に誇れる市場に」というねらいもあるようだが、実情とは食い違っているよう…。都との話し合いの場は設けられていないのだろうか。 「もちろんありました。まず都がビジョンを示し、こちらが意見を言う。でも、一度決まったら二度とは変わらないんですね。異議を申し立てても、年度変わりで先送りに。例えば地震対策についても、関東を襲う可能性があるというマグニチュード8までは想定していないというんです。東日本震災後の話ですよ。安全宣言はあったりなかったりで、責任の所在が不明だから、お客様に説明することもできない…」。
さらに気になったのは、仲卸業者が負う金銭的負荷の高さだ。 「引っ越しには500~1000万かかるといわれています。水産は特に、冷蔵庫などの設備があるので、かなり大変だと思います」。 対して都が行う支援は、指定の金融機関でお金を借りると0.5%以上の利息は負担するというものだそう。金融機関は誰にでもお金を貸してくれるわけではなく、借金を背負うことに変わりはない。 市場利用料は移転後も同じだが、空調施設費や光熱費、駐車場代、ピッキングスペースの利用料など、今以上にコストがかさむことが確実だという。 「現状、移転しないという業者は水産では100以上あると新聞にも出ています。青果ははっきりしていません。でもこれだけ費用がかかると、ギリギリになって移動できないという人たちも少なくないはずです」。
結局、移転してみないとわからず、判断がつかないことが多いようだ。今回話題に取り上げたのは、事情のほんの一端にすぎず、移転によって買出人が離れてしまった場合、その分をどう穴埋めするかなど課題は大きいという。また、豊洲の土壌汚染、移転できない業者の穴埋め、場外市場がどうなるかなど、不安要素は数え切れない。都と現場どちらにも、計り知れない事情が多くあるはずだし、私は変わりつつある現状をちらっと覗いただけで、まだまだわからないことだらけ。平成28年3月(予定)の新市場完成に向けてどんどん変わっていく築地を見守っていきたい。