【連載】酒的熊本案内(1)

投稿日: カテゴリー: 連載酒的熊本案内

二度目の結婚を機に熊本に移り住むことになり ました。

二度目の結婚を機に熊本に移り住むことになりました。はじめて東京を離れることになりましたが、お酒はどこでも土地と人とのご縁をつくってくれるようで、楽しくやっています。まだ半年に満たない、フレッシュな熊本生活の酒的観光案内。お越しの際は、ぜひ足を運ばれてみてください。

初めての揚げ豚足

はじめての訪熊の晩は、ひとりで夕飯をとらなくてはいけない状況でした(むしろかっこうの機会です)。繁華街には向かわず、穴場の店を求めて乗車したタクシーの運転手さんおすすめのお店にうかがいました。そこは街の定食屋さんで、ガツンと食うぞ、という若者が集い、ちょっと1杯という雰囲気ではありませんでしたが、まずはビールを注文しました。土地の物を探してメニューを眺めるも、ラインナップは「焼肉定食」「レバニラ炒め定食」「唐揚げ定食」。最後のページに豚足を見つけ、好物なので手を打ちました。お兄さんたちに混じって少年漫画でも読みながら待つものかshibata_2なと思っているうちに、私が思っていた物とはまったく様相の異なるものが目の前に。油で揚げたであろう、こんがり色の巨大なつま先が2つ、ドンドンとお皿に盛られていました。私の脳みそはすっかり、素手で茹でた豚足をつかみ、酢みそをつけて骨までしゃぶりつくことになっていたので、さてどうしましょう。「かなり熱いので火傷をしないように気をつけてください」と店員さんのひと言に従い、筋目に箸を入れてみました。すると、表面は見た目通りにカリッ、しかし箸の先が捉えたのは、トロ〜リとした感触。揚げているため、ゼラチン質に変わったコラーゲンが皮の中でトロトロとろっとろに溶けているのです。味付けは、酢がきりっときいた酢醤油。ちぎりキャベツがしかれていました。すぐさまに先輩に報告(自慢)しないわけがありません。「熊本の定食屋さんで、ひとりビール&豚足です! 豚足は揚げてあります!」。ピロン、すぐに返信。「東京とやってることが同じだぞ」。おっしゃる通り。こちらのお店は繁華街からタクシーで約10分、住宅街としても人気の水前寺(私も今住んでいます)の「味道園」さん。でも、熊本のたいていの居酒屋さんに揚げ豚足はありますので、来熊の際はぜひ。合わせるなら、ビールかハイボール。

河太郎のおとうさん

迎えに来た夫が言いました。「女の子がひとりで飲んでいる店とはまず思わないよね」。店内が見えない磨りガラスの引き戸は、たしかに開けるのに少し勇気がいるかもしれません。この日はじめての熊本だった私が、その後の滞在を充実させようと、あえて選んだ結果。地元の情報は地元の人に聞け──。

熊本は小さな景色の集合体です。だから、小さな旅がとてもよく似合います。派手な観光地も、たいした名物もないけれど、日々が美しい。飲み屋で隣り合わせたおじさんから、公園で会う小学生まで、ここに住む人に東京から来たと話すと、熊本のここがいい、あそこがいい、と話が終わらない。どこへ行ったか、ここはまだかと、熊本のよさはガイドブックになんか載っていないことがわかります。

そんな熊本の魅力を最初に教えてくれたのが、ここ「河太郎」のおとうさんです。すこしくたびれた店内で、いつもニコニコ出迎えてくれる、白い割烹着がよく似合う人で、鰻屋で修業をしていたそうです。おとうさんの作るちゃんぽんや高菜めしは、熊本のローカル飯。馬刺や辛子蓮根もいいけれど、熊本の味って、たぶんこれなのだと思います。若い頃はバイク、いまは車で、時間があればふらっと出かけるおとうさんの口グセは「熊本には見るところがいっぱいあるからね」。

天草は春が一番よくて、下天草の荒尾岳展望所あたりからの夕日は真っ赤で、熊本駅すぐ近くの花岡山に登れば、白川が熊本城から市街地を縫うように流れているのがわかるし、人吉まで遠出するなら高速を乗らないで下道で行って緑川にかかる古い石橋を見逃さないで。  そんなふうに話しながら、ペラのロードマップに印をつけてくれます。そして出かけた後に報告に行くと東京もんの私に、うれしそうにまたちがうスポットの話をしてくるのです。おとうさんのほっとするお惣菜と、いつもは呑まない「白岳」「しろ」なんかの熊本焼酎のお湯割で1杯やりながら増えていく手描きの地図が、私の熊本ガイドブック。ライトアップされた熊本城も荘厳だし、阿蘇の雄大さもほかにはないけれど、熊本の小さな景色に心惹かれてなりません。 お店の場所は、市電(路面電車)国府駅からすぐ。目印は、店の前の「河太郎」と書かれたバス停です。

 

ジャックローズの思い出

濃い朱色とも紅色ともいえる美しい色彩をまとい、華やかなのに奥ゆかしい香りと味わいのジャックローズが、私は大好きです。このカクテルは、まさに女性のためのもの。と思うのは、その出で立ちと味わいだけが理由ではありません。私がこのカクテルを初めて知ったのは、仕事でお世話になっているDさんが連れて行ってくれた、銀座の「スターバー」でした。このときが私のオーセンティックバーデビューの日でもあるのですが、バーでのたしなみを身につけない私にDさんは、「ジャックローズは、女性が頼むのに、なんというか、頃合いのちょうどいいカクテル」なんだと教えてくれました。季節はざくろが旬で、グレナデンシロップではなく、生のざくろを搾った1杯は、甘くて酸っぱくて、少し苦くて。

以後バーに行くと、最後はジャックローズ。定点観測をしていましたが、過日の感動に出会えずにいたある日、熊本の老舗バーで私は心を動かされることになります。その店のざくろのカクテルは、少し肌寒さを感じるころになると登場する、常連客心待ちの1杯。ステムのない高さ10㎝ほどの細い、よく冷えたグラスで運ばれてきたのは、ざくろのジュースでした。目を見張る鮮やかな紅、ルビーのようなひと粒ひと粒から丁寧に種を取り除き、搾った果実のみの液体。まずはそれをひと口いただき、追ってバーテンダーが「ボンベイサファイア」を注ぎます。あのときの驚きをなんと表現したらいいのか。たったひと垂らしのジンは、まさに魔法の一滴でした。

バーテンダーに、Dさんとジャックローズのエピソードを話すと、「その方がおっしゃる通りですね」。あの日の、Dさんの言葉の真意はわからないけれど、このカクテルをさらりとオーダーできる女性は素敵に違いありません。私は、バーでのたしなみはまだまだ身につけられてはいないけれど、ジャックローズを知っている。それだけで、心強いのです。

「カクテルバー しゃるまんばるーる」は熊本の上通り(下通りよりしゃれた飲食店が並びます)で、50年以上の歴史をもち、2代目マスターがシェイカーをふります。出張の県外ビジネスマンにも常連が多く、ピアノの生演奏の音色が心地よいラグジュアリーな空間は接待にも最適でしょう。チャージは日替わりのオードブル付きで二〇〇〇円。手作りのレーズンバターが登場するとラッキーです。

 イラスト:しばたはるかshibata_3


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